別冊ガレリア|映像の世界|WASEDABOOK


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女の後ろ姿


彼女はどこへ行こうとしているのでしょう。

ここはアブハジア自治共和国とグルジア共和国の非武装地帯です。
彼女はアブハジアからグルジア側に渡っていくアブハジア人です。
この時点ではアブハジアに居住する人々はアブハジア-グルジア間を自由に行き来できていました。
逆に、グルジア人によるアブハジアへの立ち入りは出来ません。
また、この地域のアブハジア人はグルジア国内に仕事をもっている人が多いそうで、行商などは多くみかけます。




後ろ姿が印象的ですね。

私は彼女を正面から見ていません(たぶん横を通っていますが)。
このすぐ正面はロシア軍主体の国連平和維持軍が管理するアブハジア入国ゲートなのです。
ロシア軍が怖かったのでカメラをアブハジア側に向けられませんでした。
だからグルジア向きです。
この撮影の後ロシア軍から「カメラをしまえ」「そこで何をしているんだ」と怒鳴られました。
プレスIDを掲げたところで撮影許可も下りず、すぐに退散しました。




この橋は、どこへ向かっていますか。

前述の通りグルジアです。
グルジアゲートまでは約2kmくらいです。
この非武装地帯は国連平和維持軍が管理しているのですが、所々茂みに隠れている戦車の砲塔は常にグルジアに向けられていました。
兵士の狙撃中は通行者を狙っています。




前を行く人々も、幌馬車も黒ですね。グルジア民族衣装ですか。

民族衣装ではありませんが、どことなくソ連時代を思わせる服装です。




幌馬車は、よく見かけるのですか。

この地域では幌馬車は良くみかけます。
ただし一般的な移動手段ではないです。
非武装地帯は車両の立ち入りが禁止されています。
馬車や馬、国連の車両は例外ですが。
馬車には大抵、女性・子ども・商品(野菜やパンティストッキング等)でいっぱいです。



下を向く女




感情を殺しているように見えますね。

この女性は南オセチア暫定政府から紹介されたガイド兼通訳(そして監視役)の女性です。
このシーンは、私が南オセチア滞在を終えてグルジアに戻るときです。
彼女は写真に撮られるのを終始避けていましたが、最後の最後に撮りました。





不自然な右手の握りこぶしと下向きの顔が、もの哀しさを感じますね。

この瞬間も少し撮られるのを避けたのではないでしょうか。



なぜこの人物を撮ろうと思ったのですか。

単純に綺麗な女性だからですね。単純に笑っている表情を撮るのでは面白くないので、どこかで気の抜いた表情をしないかといつも狙っていました。

彼女はガイドでしたので、4日間一緒に過ごしました。
私が現地に入る1週間前、南オセチアの軍人家族を乗せたジープがグルジア軍の狙撃に合い、一家4人が死亡する事件があったのです。
そういった話を中心にいかに南オセチアが非力かという話が多かったですね。

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白い建物


レンガと土塀でできているのでしょうか。特徴のある建築物ですね。

白い建物はミナレット(モスクの塔)です。
この地域はパンキシ渓谷といってキスティン人とチェチェン人難民が暮らしている地域です。
レンガの組み方はコーカサスでよくみられるパターンです。




人物を好んで撮っているのですか。

そうではありませんが、正当なポートレートよりは、風景に写りこむ人を撮るほうが好きです。
そういった写真の方がよりリアリティがあるのではないかと考えています。
風景が綺麗でないと成立しないのですが。





人物を撮る場合、表情に焦点を当てるのですか。風景とのバランスですか。

風景とのバランスです。
撮るときは表情まで意識していない場合が多いです。
カメラを見ていない写真のほうが個人的には好きです。



表情を一瞬にして、的確に捕獲することができますか。

意識して撮るのは難しいですね。
偶然思ったようにいく場合もありますが。





シャッターを切る瞬間、風景とのバランスを考えますか。

シャッターを押す瞬間はそうですね。
特にフィルムの場合はデジタルよりも慎重にシャッターを押しますから、全てのタイミングが揃わなければ人差し指を動かさない場合が多いですね。

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旧ソ連




子どもたちが遊ぶ車は。

91年~92年の第一次南オセチア紛争で破壊された南オセチア軍の輸送トラック(カマズ)です。
撤去しないのはこの地を訪れる訪問者に見せるためだと思います。





最初にグルジアに訪れたのはいつですか。

2006年6月です。
当初はチェチェンに入国するためにグルジアに逃れた難民との接点を見出そうと思い1ヶ月滞在しました。
当初私の中ではグルジアに対する関心はさほどありませんでした。
しかし、1ヶ月滞在のうちに、この国がいかに多くの問題を抱えているのかを実感できました。それらの問題には大抵ロシアが絡んでいます。





グルジアは、西アジアの火薬庫ですね。

グルジア政府の影響が及ぶ各都市においては比較的安全です。
アブハジア・南オセチアで最も恐れられているのはロシア連邦軍主体の平和維持軍です。
また、前述のパンキシ渓谷はチェチェンゲリラが多く潜む地域でもあり、組織的な誘拐が多いとの話もありました。
そのような地域を訪ねる場合は絶対に一人で行動しないようにしています。





民族問題は、あなたの眼にどう映っていますか。

現在、起きている民族間での問題は、エネルギー問題に集約されると言ってよいと思います。
チェチェンにもグルジアにもバクー油田で採掘された石油を運ぶパイプラインが通っています。
このパイプラインはロシアが軍事介入してでも保持したいものであって、ロシアは、コーカサスを不安定にさせ続けるために、民族・宗教・言語の違いを明確に提示しているのだと思います。





多くのジャーナリストが殺されていますね。

昨年8月の南オセチア紛争でも多くのジャーナリストが殺されました。
ロシア側からの攻撃が多いのではないでしょうか。
特にグルジア国内でのロシア軍によるメディア規制は多かったようです。





なぜ「旧ソ連邦」でしょうか。

ロシアとの縁を切りたくても切れない、旧ソ連の影響は根が深く一般市民にも根ざしています。
こういった歯がゆい状況が多くのCIS諸国に見られます。
そこからの脱却をいかに図っていくのか、ロシアがどう対応するのかに興味があります。




あなたにとって、「写真」とは。

記録です。
それは私にとってというよりは、写真本来の価値ですが。





どのような「写真」を撮り続けていきたいですか。

現在の優れた報道写真には多くが共感できる「美」があります。
誤解を恐れずにいうならば、死んだ兵士の写真の中に、凄惨さや記録、報道の意味を併せ持った「美」があれば、それが私のやりたい写真です。

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  • ■キスティン人 
  • チェチェン紛争前からこの地域に居住しているグルジア系チェチェン人を指す。
  • ■グルジア
  • 西アジア北端、南カフカース地方に位置する共和国。旧ソビエト連邦の構成国のひとつで、1991年に独立。首都トビリシ。
  • カフカース山脈の南麓、黒海の東岸に位置する。北側にロシア、南側にトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと隣接。古来、多くの民族が行き交う交通の要衝。他民族支配にさらされながら、キリスト教をはじめ、伝統文化を維持。温暖でワイン生産も盛んである。
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